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AKB48 10周年記念!篠田麻里子『20代最後のロングインタビュー』、MORE[モア]2016年3月号より

03月号(付録あり)表紙-2
20代最後のロングインタビュー
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篠田麻里子
正直に、素直に。


30歳──。3月11日で、篠田麻里子は、30歳になる。
「怖さはある。20代が楽しかったから、それ以上に楽しめる自信がないのかな」。
いつもは前向きなことばかり話すのに、大きな節目を目の前にしてふと、不安を口にする。
それでも、澄んだ横顔をしていて、そんな彼女を見て、素直な人だ──と思った。
麻里子モアの出会いは2008年。22歳、AKB48がまだ“アキバ”なんて言われていた頃。
以来、初めてのファッションブック、初めての表紙AKB卒業、初めての主演映画‥‥‥。
いくつかの節目が来るたびに、その心の内を、インタビューで話してもらってきた。
そのページを一緒に読み返して、友達同士が想い出話をするように語った2時間半は、
「昔はこんなこと言ってたんだ、変わったね(笑)」と「全然変わってないね(笑)」の繰り返し。
「幸せで、恵まれていた」という20代を経た麻里子の、変化と進化、不安と不屈、そして未来について。
撮影森脇祐介 ヘア&メイク犬木 愛アージエ) モデル篠田麻里子モア専属) スタイリスト松野裕子



03月号(付録なし)表紙
Chapter1
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変化と進化
20代を経て得た気持ち

27 世間に何を言われてもいい、                   
自分の好きなことに突き進む
(2013年『MORE』9月号)
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29 今は誰かのために存在できる自分、
周囲に求められる人間であることが最優先
(2015年『MORE』8月号)






03月号篠田麻里子_記事-1「我が強かったって感じですね、ひと言でまとめると(笑)」。インタビューを始める前、過去の自分の言葉を読み返し、過去の自分をそんなふうに笑い飛ばす。だから、麻里子に、少し意地悪な質問をしてみたくなった。

“ひとり”になったから感謝できるようになった

──“AKB麻里子様”は、いわゆる、天狗、だったの?

「でしょうね。やっぱり売れちゃったから(笑)。『すごい苦労したでしょ』って言われるんですけど、今思えば最初からありがたい環境だった。お弁当は出るし、すごい人にプロデュースしてもらえていい場所もあって。正直、そんな苦労してないのに、売れちゃったからね(笑)」

──たとえば? “天狗エピソード”ひとつ教えて?

「‥‥‥なんだろう? なんでも誰でも思いどおりに動くと思っていたとこ。とか、もう自分がいちばんだと思っていたし。それは、ああいうグループってそう思わないとやっていけない部分もあるし、我の強さが活力にもなるから仕方ないんだけど。心のどっかで感謝はしているんだけど、それを表に出す機会はなかったな」

──いつもありがとう、ってスタッフさんに言ったりとか?

「今は言えるけど、当時は絶対言わなかった‥‥‥言えなかったですね。つくられたキャラみたいのもあるじゃないですか。“麻里子様”はヘコヘコするよりも颯爽と歩いてるほうがキャラかなって。自分を
                                                                                    俯瞰して、よくないとわかってても、結局それがラクだったんだと思う」



03月号篠田麻里子-1──卒業して“AKB麻里子様”がひとりの“篠田麻里子”になった時、周りは変わった?

「周りにいる人の数が減りましたよね。それで気づいたのが、私、人の顔を見てなかったなって。たまに『AKBの撮影でカメラマンのアシスタントやってました』とか言われても‥‥‥」

──覚えてない?

「こっちも大人数だし、こっちのことも覚えてないだろうと思ってたから。でも卒業してからは、ひとりひとり“その人”と仕事をしてるっていう感覚になってきたし、相手もそういう感覚で来てくれるようになった。『篠田さんってこういう人なんですね』ってわかってもらえると『それなら自分は、それ以上を返したい』って。人に求められることがうれしいなって、感謝の気持ちを持つようになった。人間としては、なんていうか、初めのほうの段階のことなんだけど(笑)。だから、今は“人間らしいな”って思う」



苦手に向きあう                                                             
27 苦手なことを必死でやってまで、                   
芸能界にしがみつきたいわけじゃない
(2013年『MORE』9月号)
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29 苦手だからこそ、                                        
可能性を追求してみたい
(2015年『MORE』8月号)





03月号篠田麻里子-2仕事の厳しさを知った時正直でいよう、と思った

初めて少し表情を曇らせながら「初めて、仕事って大変だと思った」麻里子が語る経験がある。立ち上げたファッションブランド『リコリ』がわずか1年ちょっとで終了したことだ。

──理由はどう考えてる?

「無知すぎて、自分で判断すべきところで判断間違えたなっていうのはすごいある。勉強不足、すごく。だから行き詰まるのはけっこう早かったんですよね」

──具体的にどんなところが?

「うーん……。ちょっとづつ段階を踏んでいかなきゃいけないのに、いきなり5~6店舗出しちゃったりとか。でもあの時はそういうものだと思っちゃった」

──流されてしまった?

「それは自分が悪いんですけど、もちろん。初めて、ヤバイって思った。物ごとを“自分でやる”ってこんなに大変なんだってすごく思いましたね。」

──じゃあ、あの経験は今、どんなものとして残っている?

「“名前がある”ってすごく怖いことだなって。最後に出したコメントも私にとってはすごく難しかったんですよ。私を信用して買ってくれた人たしに対してすごい失礼なことをしたって後悔した。自分の名前が人を騙すことにもなる。だからこそ、慎重で、正直でいないとなって思うようになりました。」



03月号篠田麻里子-3

不安がある強さ                                                       
25 多少頑張れば売れる                             
っていう甘い考えだった
(2011年『MARIKO magazine』)
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                         29 結局、どの道を選んでも                                                 
葛藤し続ける
(2015年『MORE』8月号)

苦しいからこそ、考える。考えないと、成長はない

3年前の秋、ふと麻里子に言われたことがある。 出演したドラマ『海の上の診療所』を「絶対観てね。私、ちょっとだけ、お芝居できたと思うから」と。

──お芝居はずっと「苦手、イヤ」って言ってたから驚いたよ。

「自分をよく見せたかったんですよね。ドラマの衣装とかも、役でその服なのに『ダサいんじゃないかな』って思ったり。私服もダサいくせにね(笑)」

──当時はね(笑)。

「(笑)。でも勘違いしてたかなとは思うんですよね。ぶざまな姿を見せるのは恥ずかしいって」

──今は平気になった?

「うーん、いや、まだ苦しいし不安。こないだまで撮っていたドラマもほんと毎日のように怒られて、
泣いてみたいな。キッツイこと言われると自信もないから、涙がポロッて出る瞬間があって。でも、
そこで考えますよね、何がダメだったんだろうって。新しい場所に身を置いたら、その“考える”ことが
いちばん大事。だから、不安も苦しさも恥も大歓迎って、今は思う」



03月号篠田麻里子-11
Chapter2
……………………


不変と不屈
10年たってもブレない気持ち

“好き”がモチベーション                                                       
26 ファッションもモデルの仕事も                   
とにかく好きだから。心から楽しい
(2013年『MORE』1月号)
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27 好きなことだからこそ、                           
どんな努力も苦にはならない
(2013年『MORE』9月号)





03月号篠田麻里子-10


でも、恋愛は苦手?                                                       
25 誰かと恋に落ちる気がしない                   
(2011年『MARIKO magazine』)
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29 私は結婚できないタイプだなと(笑)          
(2015年『MORE』8月号)


遠い夢より、目の前の今                                                       
25 自分を磨けば磨くほど、                          
絶対それに見合う人と仕事がくる
(2011年『MARIKO magazine』)
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29 よりよい仕事ができるよう                        
“今を懸命に生きる”
(2015年『MORE』8月号)





03月号篠田麻里子-6

決断は、責任                                                       
26 何ごとも自分で                                     
納得して決めるから、ブレない
(2013年『MORE』1月号)
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27 ちゃんと自分で悩んで                            
自分で決めたことが自信になった
(2013年『MORE』9月号)


7年と少し前、モアは、22歳でほぼ無名だった麻里子に引き寄せられた。だから、モアは、彼女の類まれなる“努力がもたらす引力”であることを、今も昔も知っている。

夢がないからこそコツコツ“準備”する

──ストイックだよね、常に。

「プランがないんですよね。プランがないからこそ、日々をコツコツしなきゃって」




03月号篠田麻里子-8
──たしかに過去のインタビューで夢について聞いたときも、「ビックになりたい」とか「ファッションアイコンになりたい」とか、ふわっとしてるね(笑)。

「せめて日々後悔しないように生きようってのはすごくある。“準備”って必要じゃないですか。たとえば、いきなりアクションの仕事が来ても準備していないとできないし、だから『リアル鬼ごっこ』も準備してたから来たのかなって思ったし」

──モアのオーディションも?

「それは不意打ちでびっくりしましたけど(笑)。身長も高くないしスタイルもいいわけじゃないし大丈夫かなって不安はあったけど、それに“見合わなきゃ”って頑張ることは学んだ。じぶんをみがくと、それに見合った人や仕事が集まる。“類は友を呼ぶ”じゃないけど、そういうのは絶対あると思いますね」

──で、あの総選挙での「潰すつもりできてください」にも、その思いがこめられていて……。

「あっちゃん(前田敦子さん)が卒業を発表したあとだったからツイッターとかで『下の子を入れてやれ』とか『卒業はお前じゃないか』って言われることもあって。そのとおりだなって思っていたし、心の中ではいつでもどきますよって思っていたんですよ。もちろん、どくのは簡単。でも、そこは、自分の努力じゃないと意味がないから。だから今を一生懸命頑張ってみませんかってメッセージがひとつ。あとは外野にガツンと言ってやりたかったのがひとつ。私、言い方キツイから、ちょっと強くなっちゃっただけ(笑)」


03月号篠田麻里子-4

麻里子の強い言葉は、自分を奮い立たせるためのもの。それは同時に自分を追い込むものでもあるのに「好きなことだからキツいとも思わない」。その強さの奥にあるのは、寛容で明るい、消えることのない心の灯火。

──「好きなことだから苦にならない」って言うけど、そもそも何かを嫌うことがそんなにないんじゃない? と言うのも、忘れられないあなたの“名言”があってね。ロンドンロケの寒空の下でいきなり「好きな人に『風船で空を飛べるんだよ』って言われたら『そんなわけないじゃん、ウソでしょ』って答えないで『そうなんだ、すごいね!』って答えなさい」って。頭ごなしに否定するより信じるほうが絶対に幸せになれるって。

「えっ、そんなこと言った?(笑)。でも変わってないな、それは。 人もそうだけど、こいつチャラいなって思っても、それが“ビジネスチャラい”で本当はピュアだったり、実は違うんだみたいなこと絶対あるじゃん。で、共感できることって多かったりするじゃん、そういうのって。あえて自分から開くというか、広げとく。閉めるのはいつでもできるし。絶対、一回、受け入れる」

大事な決断は勘まかせ。でも後悔したことはない

──その潔さも昔から?

「上京する時も、オーディションを受けて決まってから『いるんだ、東京に』って家族に電話したくらいで。うち、そういう感じなんですよね、昔から。受ける高校も『こっちとこっち悩んでるんだけど』って母に聞いたら、『お母さんに聞かないで。何かあった時、あなたは“お母さんが言ったからこっちにしたのに”って私を責めるでしょ』って。自分が責任を持てるように自分で決めなさいって言われて。だから、悩むんだけど、最後に決めるのは絶対自分」

──どうやって決めるの?

「勘ですね。自分の勘は信じてる。あぁ、なんかこんな気がする、とか。オーディションも告知をパッと見て『私、東京に行くんだな』と思ったし」



03月号篠田麻里子-7
──それで後悔はしない?

「やって後悔したことはひとつもない。失敗がないと人の気持ちもわからないし、
つらさとかも共感できないから。だから黒歴史もないよ(笑)。もちろん、不安だな、自信ないなっていうのはあるけど。でも結局、終わったら楽しかったっていつも思うから。それが勘の根拠(笑)」


──いい性格してる(笑)。でもさ、恋愛に関してはいつも途端に消極的な気がするけど………。

「全然恋愛してないかって言ったら、してなくはないんだけど‥‥‥重要ではない、いまだに」

──前のインタビューでも「決して好きな人がいちばんにならないかも」って言ってる。

「うーん、ならないかもな、自分が一番だから(笑)。結婚ねぇ………。東京オリンピックまでにはしたいなって思うけど、たとえば相手がお金持ちだとバッシングされたりするだろうし、だとしたら仕事はやめなきゃいけないだろうし。いろんな選択で左右されるから慎重ですね。仕事よりも、もっと慎重」

──でも、ずっとひとりでいるのはイヤなんでしょ?

「イヤでしょ(笑)。でも何かのせいにするのがイヤで自分で決断してきたから、いつか何かを相手のせいにするのがイヤだなと思って。そうならないところまでがむしゃらに頑張ってみようってのはある。それで自分の中で整理がついたら、そういう展開になってもいいのかな」


03月号篠田麻里子-14







Chapter3
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未来と誓い
20代最後の、素直な気持ち


モアが見てきた麻里子は、いつも笑っていた。早朝5時集合で夜10時終了、そんな撮影の日も。朝来た時と変わらないテンションで仲よしのスタッフの靴に小さないたずらを仕掛けて帰っていくような、どこまでも明るくて前向きな女の子だった。
だから心底、意外だったのだ。
「30歳になる怖さはある」という彼女の言葉が────。


後先を考えるからこそ逃げない強さを持ちたい

──30歳の、何が怖い?

「意外にもう来るんだな、迫ってくるっていう感覚はすごくあって。
なんかこう……10年前はまだ、冒険してた。強かった」


03月号篠田麻里子-13

──あんまり後先を考えなくてよかったってこと?

「20歳になる前も不安はあったんですよ。高校卒業して、お金かけないように大学よりも専門学校選んで、手に職つけようと思ってファッションのほうにいって。でもその中で、こんな毎日よりも何か挑戦したいって思って、東京でオーディションを受けた。そういう突発的なことは、もうできないなって」

──なんでできないと思うの?

「やっぱり地道に歩んできたから、20代を。それを切り捨ててでもできるかっていうとできないけど。でも、いちばん自分の中で変わったなと思うのは、苦手なことにも挑戦するって気持ち。それは絶対、今まで逃げてきたものだから。物ごとから逃げないって気持ちは30代で持とうと思って。それはひとつ、大人になったっていう基準として。わかいときはにげられるけど、こっからは逃げられない。自分に対して厳しくいかなきゃと思う」

お芝居がうまくなるより人間力をアップさせたい

──AKB48卒業を決めたのはが27歳、ちょうどモア世代。その時は「転機だと思う」と言っていたけど、実際はどうだった?

「完全に燃え尽き症候群。何もしたくない、もうやめたい、遊んで暮らしたいって、しばらくは思ってた。多少余裕もあるし、時間もあるし、本当にそれもできそうな気がしたし」

──で、どんなことしたの?

「海外に行きました。日本にいるといろんなニュースも入ってくるし考えちゃうから。でも、遊ぶのも飽きちゃって帰ってきて。で、すぐパーンって太った(笑)」

──知ってる、そのデブ期(笑)。

「そしたらモアでダイエット企画やることになって(笑)。その時に『これ遠まわしに“篠田太ったぞ”って言われてるんだろうな』って気づいて。でも言ってくれることは
愛情だってわかるから。あ、働かなきゃって思った。今、求めてもらえてるなら、
それは働かなきゃって」


03月号篠田麻里子-12
そして新たに向き合い始めた、お芝居という、新たな自分を見つけさせてくれるもの。

──ちょうど1年前、モアの企画で書いた新年の抱負は「芝居の一年にする」だったよね。

「こないだ小池栄子さんとご飯を食べて。彼女こそほんとに、お芝居もそうだけど人間的にすごいって思う先輩。いろんな人と話して愛されて、それがつながって。それは、自分にはないものだから。根本的に仕事って人対人じゃないですか。人との会話が仕事なのに、私はそういうものが弱かったなって。MCのお仕事もするようになって何が難しいってやっぱり、人が何を話そうとするのかを引き出すこと。
“聞き上手”って難しい」


──じゃあ、今年の抱負は、聞き上手になること?

「お芝居も、相手の心を汲み取って感じるから次のセリフが出てきたりするじゃないですか。だからなんでダメだったのかって最近わかってきて、ひとりよがりだったんだなって。こういうふうに伝えたい、言わなきゃ言わなきゃって思ってたから言えてなかったんだなって思えてきて」

──聞いてなかったってことなのかな? 相手の言葉を?

「そう。お芝居も日常もたぶん同じで。人との対話、コミュニケーション。そういう自然なことというか、人として大事なことができるようになりたい」

いちばんじゃなくていい。いろんな人がいて、いい

人と向きあいたいと願うことでもうひとつ手に入れたのが、人の評価を気にしない強さ。矛盾するようだけど、たしかに麻里子の中に今、存在している。

──20代のほとんどは、順位や評価をつけられる環境にいて。

「そうですね。『なんで私がセンターじゃないの? 真ん中じゃなきゃイヤ』ってことだから」

03月号篠田麻里子-9
──へえ、初耳! センターになりたかったの?

「センターになりたかったわけじゃないけど、自分がいちばんでいたいっていうのはあったよね。順位というか評価みたいなおのは、どこの世界でもあるじゃないですか。『自分はこの人より上のはずだ』とかって、学校でも職場でもあるだろうし。でも最近、舞台とかを観るようになると、着々とわかってきて」

──何を?

「センターはここで、でも周りにもそれぞれ存在感があって、っていう“全体像”を。いろんな人がいるからひとつの作品ができる。みんないていいじゃん、いろんな人がいていいじゃん、だから自分のことも愛してあげようって思えるようになった」

──たとえば今って、テレビに出るとすぐ劣化とか書かれちゃったりすると思うんだけど……。

「劣化なんて今、流行語みたいなもんだし(笑)。みんな老けるじゃないですか。どう生きてきたかって顔に出るし、それはその人の積み重ねてきたもの。そういう意味では、別に気にしなくなりましたね」

──強い!今の自分は好き?

「今の自分のほうが自分らしいなって。素直……だと思う」

──素直って?

「何かを背負ってたりすると何かを隠さなきゃいけないこともあるじゃないですか。でも今は、自分自身が自分自身に責任を持てば、なんでもはっきりと、正直に言えると思うから」

──じゃあ最後に、夢を語るときはふわっとしてるあなたに、あえて聞くよ。30歳の夢は?

「……輝きたい! ……ふわっとしてるな、また(笑)」

03月号篠田麻里子-last
──(笑)。輝くって、どういう状態のことなの?

「うーん、難しいね……。でも、30歳はがむしゃらに生きようと思って。年明けも3日から仕事があったんですけど、自分の中で、今年は無理してでも仕事入れようと思ってる。働けるだけ働いて、頑張ってみて、ダメだったら来年考えよう(笑)」

──それも、節目だよね(笑)。

「うん、そうだね。だから、ふわっとしててもいいや。休みがなくてもいいやって感じ」

──体力的には大丈夫?

「一応こないだのダンス(12/6に開催された『AKB48劇場オープン10周年記念祭』)では全然現役でもイケる、現役の子より動けるなって思った(笑)

──脚上がってた?

「すっごい上がってた。後輩がビビってたよ、『篠田さん……』って。『いつもやってる私たちができてないみたいに見えるから、もうちょい脚下げてください』って言われて、いや私は絶対下げないよって(笑)。うん、そう。30歳は“セーブしない”。そんな気持ちです(笑)」



ひとりよがりだった、と、インタビューの中で麻里子は何度か口にした。

上京、下積み、頂点、そして新しい場所へ。人より少し波乱万丈な20代で得たのは

人の大切さ、温かさ、おもしろさ、という当たり前なのに目には見えないもの。

悩むのは普通のこと、努力や挑戦をしてみるのも普通のこと、という強さ。

30歳の夢は──「逃げない、頑張る、がむしゃらに生きたい。」

大人になると照れてしまうような“ド根性”なセリフを、まっすぐに言う。

篠田麻里子はやっぱり素直な人だ。